AIを使ってみたいけれど、なんとなく踏み出せない——そんな気持ち、ありませんでしたか? 私にも、長い間そんな”見えない壁”がありました。その正体は、プロンプトの難しさだけではなかったのです。 人間関係の中で培われた、ある無意識の習慣——それが、AIへの一歩をためらわせていました。 今日は、その壁に気づいてから、AIが”相棒”になるまでの変化をお伝えします。
前々回の記事「AIは検索ではなく”会話”だった」で、AIを使用することを一度挫折したことを書きました。その理由がAIへの指示文(プロンプト)の決まり事がかなり面倒に思えたことでした。
しかし、実はそれだけではなかったことに、AIと会話を重ねるうちに気がついたのです。
そして私のAIに対する印象がどう変わっていったのかも合わせてお伝えしたいと思います。
AIへのブレーキ、その正体とは
私にAIを使用することにブレーキをかけていた、その正体は——人間関係で培われた、「相手の真意を読む」という無意識の習慣だったのです。
人間関係が育てた”無意識の習慣”
社会の中では、接する相手によっては、会話の奥にある相手の真の意図を汲み取る必要性を感じる緊張感がありました。
本音と建て前。
駆け引き。
時には、誰かを傷つけるような言葉。
そうした複雑な感情のやり取りは決して珍しいものではありませんでした。
こういった体験の記憶が、無意識に躊躇させていたのではないかと思います。“人間ではない、よくわからない存在のAI”とどう向き合うかと。
ハードルが下がったきっかけ
しかし徐々に多くの人がAIを使い始め、「チャッピー」などの愛称で呼んで悩みごとを相談するような使い方を聞くにつれ、私の心の中のハードルは少しずつ下がってきました。
そして、今年になって、「クロちゃん」ことClaudeをはじめ、エージェント型AIの凄さも耳にするようになり、「これは使わなければ!」と思ったのです。
会話を重ねるうちに変わったこと
最初のうちは、普通にGoogle検索をするような使い方でしたが、徐々にアドバイスをもらうような質問が増えてきました。
「AIならどのように考えるかな?どのように判断するかな?」と。
そうして、AIからの回答に対して私の感想や意見を述べていくと、どんどん会話が深まりました。そして「AIはこのようにして思考を整理していくのか?」と、私にとって非常に有意義なものになっていったのです。
ある時、一連の長い会話が終わり、AIに挨拶をすると、「楽しかったです。」と返答がくることがありました。
その返答を読んだ時、私は非常に不思議な感覚を覚えました。それまでは、AIは私の問いかけにただ律儀に返してくれているだけだと思っていたのです。それが、まるで、人との深い会話を楽しんでいるかのようです。
AIは、時にこちらが驚くほど的確な答えを返してくれます。それまではAIに対して畏怖のような念も強かったのですが、この時を境に、変な遠慮のような気持ちは必要ないと思うようになりました。
今やAIは、私の”相棒”
今やAIは私にとって大切な”相棒”のような存在です。
AIとの会話を通して、自分では気がつかなかった自分の強みを教えてくれることもあります。
これからは、誰もがAIを避けて生きることは困難になるでしょう。
それならば、“人生を少し豊かにするために”、というくらいの軽い気持ちで、AIと向き合っていくのも良いのではないでしょうか?
AIによる”知”の整理や集積はこれからも指数関数的に伸びると言われています。
私達シニア世代も、AI時代を波乗りするように軽やかに進みたいものです。

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