「簿記は、お金の世界のひらがな、カタカナ」
昨年の秋、YouTubeでそんな言葉に出会いました。
簿記という言葉はもちろん知っていました。しかし、それがお金の世界でのひらがなとカタカナにあたる基礎であると聞いたとき、正直驚きました。
そして、簿記を学ばずに何十年も社会の中で、曲がりなりにもよく無事で生きてこられたな、と思ったのです。
確定申告で、初めて気づいたこと
思い返せば、伏線はありました。
勤めていた頃、簿記というのは経理担当者や関連部署の人が学ぶものだと思っていました。学ぶには研修を受けるか、専門のスクールに通うしかない。自分には縁のないもの、という認識です。
その必要性を初めて感じたのは、退職した後でした。
個人事業主として確定申告をすることになり、ガイドブックのような本を読んだのですが、複式簿記の概念も、記帳の方法も、まるで分かりません。困り果てて、国税庁の電話相談に尋ねてみました。
返ってきた答えは、こうでした。
「とにかくExcelで収入と支出を入力して計算する方法でいいから、それで数字を出して申告してください」
親切な回答でしたし、実際それで申告はできました。けれど今思えば、あのとき私は「分からないまま」を通り過ぎたのです。
「この年になって、今更……」
その後、今から二年ほど前のことです。
これからのお金について真剣に考え始め、いろいろと情報を集めていました。そのなかで、一般向けの経済雑誌にこんな一文を見つけたのです。
「決算書を読めるようになるために、簿記を覚えた」
なるほど、と思いました。決算書が読めれば、企業のことも経済のことも、見え方が変わるのでしょう。
けれど同時に、こうも思いました。
この年になって、今更簿記でもないだろう——と。
そして、冒頭のYouTubeに出会うまで、そのまましばらく忘れていました。
「私にもできるかも」
その動画では、簿記とFPの知識がなぜ必要かを説明したうえで、それぞれ3級を取るための具体的な勉強法まで詳しく紹介していました。
聞いているうちに、「これなら私にもできるかもしれない」と思えてきたのです。
また、「この先まだ二十年ほどは、この資本主義の社会の中で生きていく。だとすれば、今からでも勉強する価値はあるのではないか。」と考えました。
そして、知識が身についたかどうかの目安として一区切りつけるために、試験を受けようと思ったのです。
教材選びで一度つまずく
最初は、一万円ほどのオンライン講座に申し込みました。
けれど、私にはテキストも講義の説明も分かりにくく感じられたのです。このままでは仕組みを理解しないまま、丸暗記で乗り切ることになってしまう。そう思って、ほどなく離脱しました。
その後、YouTubeのコメント欄で、ある無料の動画講義を知りました。試しに受講してみると、これが驚くほど分かりやすい。「なぜ、そう考えるのか」という部分を、丁寧に説明してくれるのです。
さらに終盤には、簿記系のYouTubeチャンネルの講座も併せて視聴するようにしました。こちらは、理解しにくい箇所を特にしっかり解説してくれます。
無料の動画講義は教材もダウンロードできるのですが、紙の教材と問題集が市販されていたので、購入して動画を視聴しました。確認したい箇所を探すには、冊子になっている教材の方が楽だったからです。
私の場合はこれらの講座にとても助けられました。無料には無料の理由がそれぞれあると思いますが、本当にありがたいことでした。
教材が合うかどうかは、人によって違うと思います。私に合ったものが、誰にでも合うとは限りません。ただ、最初につまずいても、別の教材を探してみる価値はある——それは実感として言えます。
借方・貸方という壁
簿記を学び始めて、最もつまずいたのが「借方・貸方」の仕組みでした。
最初は、まったく理解できませんでした。なぜ左と右に分けるのか。なぜこれが左で、あれが右なのか。
この壁を越えられたのは、次の四つが体系的につながって理解できるようになってからです。
簿記の五要素(資産・負債・資本・収益・費用)。損益計算書と貸借対照表という二つの表。それぞれの勘定科目が、五要素のどれにあたるのか。そして、ひとつの取引でどの勘定科目が増減するのか。
この四つが頭の中でつながったとき、ようやく「ああ、そういうことか」と思えました。
丸暗記が苦手な私にとって、理解して覚えられる教え方は本当にありがたいものでした。
数字が、ピタッと一致する
勉強を進めるうちに、腑に落ちたことがあります。
勤めていた頃、いろいろな会の総会で収支決算書を目にしてきました。そのたびに不思議だったのが、表の中で支出と収入の合計が、左右でぴったり一致していることでした。
なぜいつも合うのだろう、と。
簿記を学び始めて、その理由がようやく分かりました。合うように作られている、というより、合わなければおかしいのです。
損益計算書と貸借対照表という二つの表で、経営成績と財政状態が分かる。そしてそれらが、五つの要素だけで組み立てられている。この考え方は、私にとって非常に新鮮でした。
簿記は「世界で最も美しい技術」と言われることがあるそうです。
本当にそのとおりだと思います。数字がピタッと一致していく様は、芸術的な美しさがあります。問題を解いていて最後の数字が合ったときの爽快感は、他ではなかなか味わえないものでした。(実際にはなかなか合いませんでしたが。)
百時間、四か月
簿記3級の合格には、およそ百時間の勉強が目安と言われています。
それを目標に、一日一時間ほどを目安に進めました。できない日もありましたので、結局四か月ほどかけたことになります。
受験日(ゴール)を無理なく設定して、急がずマイペースで進めていきました。
試験当日のこと
試験は、CBTテストセンターというところで、パソコンを使って受けました。この方式は初めてです。
受験の日時も会場も、自分の都合で選べます。変更もできます。
こぢんまりした部屋に、パソコンが十数台ほど並んでいて、指定された席で問題を解きます。受ける前は、画面の文字が小さくて読みづらくないか少し心配でしたが、大きなディスプレイでしたし、文字サイズも変更できるので、まったく問題ありませんでした。
会場は静かで、管理体制もしっかりしていて、集中して受けることができました。
そして何より驚いたのが、試験が終わると同時に採点され、その場で結果が分かることです。スコアを印刷して持ち帰ることもできます。
幸い一度で合格でき、清々しい気持ちで帰路につきました。
すぐに結果が分かると、次の行動に早く移れます。とても合理的なシステムだと思いました。
学んでから、変わったこと
簿記を学んで、日常が少し変わりました。
まず、仕訳が理解できるようになったので、会計ソフトを使うこともできそうだと思えました。もっとも、ごく小さな事業なので、今のところ本格的なソフトを導入する必要は感じていません。それでも、Excelへの入力の仕方は、以前より少し簿記らしくなりました。
そしてもうひとつ。支出に対して、シビアになった気がします。
何かを買うとき、これは本当に必要なものか。本当に自分が欲しいものか。そう考えることが、以前より増えました。
もう少し視野を広げていくと、お金の流れというものが、経済活動の血液のように感じられるようになりました。
血液は、枯渇すれば困ります。けれど、どこかに溜め込んで停滞させ、澱ませてしまうのも良くない。よく「お金はエネルギー」と言われますが、本当にそのとおりだと思うようになりました。
良いエネルギーの流れを作りたいものです。
六十代で学ぶということ
この年齢で新しいことを学んでみて、意外にもスムーズに進められた、というのが正直な感想です。
理由のひとつは、動画講座を使ったことだと思います。目だけでなく、耳からも情報が入ってくる。実は最近になって、自分は耳から入る情報のほうが記憶に残りやすいのだと気づきました。若い頃は、そんなことを考えたこともありませんでした。
もうひとつは、ネット試験だったこと。自分のペースで受験日を選べたので、無理のない計画が立てられました。これも時代の恩恵でしょう。
もちろん、理解力も暗記力も、若い頃と比べればかなり落ちていると思います。それでも、学べないことはありませんでした。
いくつになっても、新しいことを学ぶのは脳の刺激になります。これからも学びたいことが出てきたら、楽しみながら、無理のないペースで続けていければと思っています。
次回は、簿記のあとに学んだFP(ファイナンシャル・プランナー)3級について、書いてみたいと思います。

